2007年12月15日土曜日

マトリックス (アンディ&ラリー・ウォシャウスキー監督)

 今まで感じたこともない斬新な衝撃と強いデジャヴュを同時に覚えるという、極めて奇妙な感覚に自分は鑑賞後見舞われた。
 その衝撃は体験したこともない実写映像に由来し、デジャヴュは慣れ親しんだ漫画やアニメの記憶に起因する。
 実写よりも技術的・物理的制約がはるかに緩い2次元のグラフィックの中には荒唐無稽でド派手な世界が無限に広がっている。『ドラゴンボール』[1]を筆頭として、キャラたちは気ままに空を飛び、他の銀河系から襲撃しに来た異星人と戦い、一撃で取り囲んだ敵達をバタバタと蹴散らす。はてはエネルギー弾を指先から放ち巨大な岩山を木っ端微塵に吹き飛ばす。ここには重力などといった物理法則は存在しない。
 例えば自分が愛読していたスポ根系野球漫画『山下たろーくん』[2]では、投手が投げたボールがキャッチャ-ミットに収まるまでのゼロコンマ数秒という微かな瞬間の描写に数ページも費やされていた。待ち受ける打者の目のアップ、固唾を呑む観客の表情などが丹念に描かれた。あるいは大人気を博した『スラムダンク』[3]ではたった1試合が1年にもわたって連載され続けた。このような自由な時間の拡大と縮小、任意の空間の膨張と圧縮がアニメ・漫画表現における最大の個性である。
 「アニメおたく」を公言するウォシャウスキー兄弟はだいぶ以前から本作の構想を温めていたのであろう。「アニメをいかに実写化するか」、「3次元の世界で2次元の表現をどのように再現するか」、これらの課題に対する彼らの素晴らしい答えの一つはカンフーとワイヤーアクションという古典的手法であり、一つはCGとカメラを360度に敷き詰めた「ブレットタイム」と呼ばれる超高速スローモーション撮影という最先端の技法である。
 特筆すべきは、このようなテクニカルな観点だけでなく、展開される突拍子もないビジュアルの数々を違和感のないものにした脚本のうまさだ。「人類を支配するコンピュータと仮想世界の中でバトルを繰り広げる」という「なんでもあり」を可能にする絶妙な着想を閃いた時点でこの作品の成功は保証されたに等しい。この設定によって、主人公は時間と空間のくびきから解き放たれたのである。
 屈強な特殊部隊を向こうに回して繰り広げられる、銃を使った殺陣のような美しいアクション、敵が放った弾丸を見切ってかわす、現実では絶対に有り得ない攻防。スタイリッシュなシーンの数々は観る者を虜にする。過剰なまでに「見ること」を追求したこの作品は、私たちに「観るという快楽」の「絶頂」を体験させてくれた。理屈なんて抜きにして、ただ純粋に「観る」ことだけを楽しめばよかった。「驚異の映像体験」という言葉が昨今は濫用されているが、この作品こそ、間違いなくその金字塔である。了
[1] 鳥山明『ドラゴンボール』集英社
[2] こせきこうじ『山下たろーくん』集英社
[3] 井上雄彦『スラムダンク』集英社

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