2008年1月7日月曜日

狼たちの午後(シドニー・ルメット監督1975)85点


  「銀行強盗」、「立てこもり」というのは映画の世界では定番中の定番だ。数々の西部劇やギャング映画での銀行襲撃シーン、『交渉人』[1]や『ジョンQ最後の戦い』[2]等の籠城モノの名作がすぐに思い浮かぶ。
 古くは強盗カップル・ボニー&クライドを描いた名作『俺たちに明日はない』が挙げられる。この種の作品は大半が周知のようにアメリカ発なのだが実は日本にも『遊びの時間は終わらない』[3]という隠れた名作が存在する。
 本作は「立てこもった銀行強盗」をテーマにした、実話に基づいた作品だ。ところで昨今「実話」ものと言えば『ファーゴ』[4]や『スリーパーズ』[5]など「現実離れ」した物語ばかりに思う。「ご都合主義」も「奇跡」も「偶然」も、「事実」の名の下に濫用しすぎなのだ。「実話作の方がフィクションに見える」、逆説的な作風が流行になりつつあるように見える。
 しかし、アメリカンニューシネマ黎明期の1970年代に作られた本作は、最近のこうした過剰な脚色とは無縁で、BGMや派手な演出は極力使用せず、抑制した色調でドキュメンタリータッチで全編を描いている。
 「愛着がわく犯人」という役をアル・パチーノが見事に演じる。本策の撮影のほとんどは俳優のアドリブで進められたという。彼が警官と狙撃兵に包囲されている表口に出てきて、怒り狂って警察批判をしてギャラリーの喝采を浴びる場面は、極めて痛快で鮮烈な印象を自分に与えた。
こうした「銀行強盗プラス立てこもり」という舞台設定が大変面白く感じられるのは、そこに「支配者対被支配者」、「集団対個人」、「公対私」などの普遍的対立構図が如実に表れているからだろう。また、「要求・取引」などの知的な駆け引きもあり、さらに話を盛り上げていく。あるいは「勝ち目のない戦い」であるという高い悲劇性は、見る者のカタルシスを強く誘う。
 この作品も実際の事件の多分に漏れず、犯人側の破滅に終わった。彼らは警察との交渉の末、空港へと逃げたものの飛行機まで後一歩のところで相棒は射殺され、主人公も捕まってしまう。そして、その後懲役20年の判決を下される。
 どこか間抜けで憎めない犯人達にすっかり肩入れしていた自分にとって、この無惨なラストシーンはひどく胸を締め付けたのだった。
 誰一人傷付けず、殺すこともしなかった彼らへ権力から向けられた容赦のない銃弾と処罰。ここには、犯人と人質たちの間に生まれた交感や共感のごとき人間くさい何かは一切ない。ただ、無機質でシステマチックな判断だけがあった。
 私たちが生きる現代、「国家」と「国民」の関係は主人公達が襲撃したマンハッタン銀行の大理石の床よりも遥かに冷たくなっているのかもしれない。了
[1] F・ゲイリー・グレイ監督『交渉人』1998
[2] ニック・カサヴェテス監督『ジョンQ最後の決断』2002
[3]萩庭貞明監督『遊びの時間は終わらない』1991
[4] ジョエル・コーエン監督『ファーゴ』1996
[5] バリー・レヴィンソン監督『スリーパーズ』1996

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