2008年1月23日水曜日
アメリカンヒストリーX(トニー・ケイ監督1998)90点
かの慈悲深きシュバイツァー博士は生前このように語った。
「人類は皆兄弟である。白人は兄であり、黒人は弟である」。
アフリカに渡り、原住民への医療奉仕とキリスト教の伝道に努め1952年にノーベル平和賞を受賞した同氏は無論、偏狭な人種差別主義者ではなかった。だが、「啓蒙」という立場からこのように考えていたと思われる。[1]
確かに近現代史は白人が中心だった。だが、彼らを下支えしたのは欧米の植民地に暮らす黒人と黄色人種の人間たちだったのである。それゆえ、「兄弟」どころか、「非白人種」との関係を「主人と使用人」のそれだと思い込む白人は現代でも少なからず存在している。
だからこそ、自身の不遇の理由を全て「ヒスパニックや黒人たちが職を奪ったせいだ」などと真顔で話す者まで現れるのだ。本作の主人公もこうした白人の一人であった。
黒人の強盗に父親を殺された彼は白人至上主義団体に参加するようになる。そして他人種への激しい迫害活動を煽動して頭角を現していく。やがて彼は、自動車を盗みに来た黒人2人を射殺する事件を起こして逮捕された。
2年の刑期を終えて彼は仲間の下へ帰ってくるのだが、しかしかつてのような燃え盛る憎悪と闘志はどこにも無くなっていたのだった。それどころか、この極右団体に加入した弟を「馬鹿げてるから止めた方がいい」と説き伏せようとするのである。
一体、主人公の身に何が起きたというのだろう。物語は、2年間の刑務所生活での出来事を彼が回想する形で進んでいく。
服役当初は黒人やヒスパニックの囚人達を威嚇し、他の白人達と行動を共にしていた主人公だったが、用務作業を通じて1人の陽気な黒人と意気投合するようになってしまった。そして徐々に白人グループから離れていった。しかし、そのことで白人・黒人双方から睨まれ始める。
白人達から遂にリンチを受けるに至り、彼は深刻な窮地に陥ることとなる。だが、友人になった黒人の尽力のおかげでその後、刑期を終えるまでどうにか無事に過ごせたのだ。
こうした一連の経緯によって主人公の氷の如く凍てついた、偏見と差別で満ちた心は大きく変わっていった。
「悪いシナ人がいて良いシナ人がいる、いい日本人がいて悪い日本人がいる。それだけだ」
かつて魯迅はこう述べた。それは、日本人はこうであり、アメリカ人はこうである等と一般論で語ることの愚かさを非難したものである。あるいは現在、アメリカ民主党の大統領候補となっているオバマ氏も「白人のアメリカも黒人のアメリカもヒスパニックのアメリカもない、ただアメリカ合衆国があるのだ!」とスピーチをして喝采を浴びた。
主人公もまた、彼らのように「誰もが皆同じ人間であり、人種は重要な問題ではない」と獄中で気づいたに違いない。
しかし、この物語は悲劇的な結末で幕を下ろすのだった。対立していた黒人グループに主人公の弟は殺されてしまう。
「憎しみは憎しみしか呼ばない」、それは誰もが分かっている。けれどもいまだに、この世界では肌の色を巡って、今日も人と人が不毛な衝突を繰り返すのである。了
[1] シュヴァイツァー『シュヴァイツァー著作集』白水社1957
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