2007年12月14日金曜日

アモーレス・ペロス(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督)

 街ですれ違う名も知らない人々は全て皆「物語」である。それぞれにドラマがあり、一人ひとりにエピソードがある。だから自分はしばしば、隣を歩く人に「貴方の人生を話してください」と尋ねたい衝動に駆られる。そしてまた、「邂逅」とはそんな「物語」同士の交錯であり、その出会いが「偶然」であるほど、そこからは予期もしない大きな化学反応が生まれて運命を左右することとなる。
 この作品の中で「人間交差点」となるのは、1つの自動車事故である。自分はふと鑑賞中、村上春樹の『アンダーグラウンド』[1]を思い出した。この本では、作者自ら62人の無名の市民たちにインタビューし、彼らの「人生」を取材している。こちらの場合、今まで全く無関係に生きていた登場人物たちを結びつけたのは1994年の地下鉄サリン事件であった。この出来事に遭遇したことによって、被害者達の運命がその日からどう変わっていったのかを、丹念に同書は迫っていく。
 ドキュメントである同書と異なり、本作はフィクションなのだが、だからこそ脚本の実力がシビアに問われる。三人の主役達の三者三様の半生をいかにドラマチックに、かつリアリティを持たせて描き、そして彼らをいつどのように「クラッシュ」させるか。このような作品で最も成功したものと言えば近年では間違いなく『パルプフィクション』であろう。『マグノリア』も評価が高いが、自分にはあの荒唐無稽なラストは許容できない。ちなみに国内の小説では奥田英朗の『最悪』[2]が挙げられよう。
 セリフなどは『パルプ』のほうが秀でているが、編集面では、それぞれの人物の時間軸がずれていた同作と違い、ほぼ時間軸の統一されている本作はストーリーは飲み込みやすい。また、三人それぞれの人物造形も丁寧に掘り下げられている。 事故は第一話の青年にとって、ある意味で「人生の始まりの終わり」であり、2話目のモデルの女にとっては「終わりの始まり」であり、最終話の老革命家にとっては「終わりの終わり」であった。まさにこの交通事故が彼らの運命を一変させた。彼らは皆「終わり」へ向かって抗うことを許されず、いざなわれて行く。しかし、こんな、「愛の挫折」や「夢の喪失」がテーマである儚く哀しい物語のなかで、堕ちていく彼らにペットの犬だけはどこまでも優しく寄り添う。それだけが、荒野に咲く一輪のスミレのように「救い」を感じさせた。だからこそ題名は『愛と犬』と名づけられているのである。了        
[1] 村上春樹『アンダーグラウンド』講談社1999
[2] 奥田英朗『最悪』講談社2002

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